暮らしの情報

山北の歴史

トップページ


山北町のすがた

山北の歴史


  山北町は、町域の約90%が西丹沢の山間部ですが、遺跡では縄文時代、文献では平安時代末期までさかのぼれるように、昔から人が暮らしていました。四季の自然とともに生き、農耕に励んだ町の先人たちが、今日まで残した足跡をたどってみましょう。

原始・古代 【原始・古代〜平安時代】

 山北の歴史は古く、遺跡では石斧や土器、竪穴住居跡などが発見された尾崎遺跡(三保)や共和小学校遺跡など、今からおよそ五千年前の縄文時代中期までさかのぼります。.....

中世・近世 【鎌倉時代から江戸時代】

 吾妻鏡新編相模国風土記稿によれば、河村秀高の子義秀は源頼朝の石橋山挙兵の際、平氏側に味方したため領地を没収されますが、流鏑馬の妙技により河村郷に復帰できたとあり、県指定無形民俗文化財「室生神社の流鏑馬」の起源と考えられています。.....

近 代   【明治時代から昭和初期】

 大政奉還により江戸時代が終わりを告げ明治時代になると、世の中は大きく変わります。山北は、廃藩置県により明治4年に足柄県に、9年には神奈川県に編入されます。

現 代   【山北町誕生】

 昭和30年には、山北町と共和村、清水村、三保村が合併、北足柄村平山と松田町高松を編入し、新しい山北町が誕生します。当時の人口は、16,689人でした。

もどる