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山北の歴史

[2010年11月2日]

山北の歴史

 山北町は、町域の約90%が西丹沢の山間部ですが、遺跡では縄文時代、文献では平安時代末期までさかのぼれるように、昔から人が暮らしていました。四季の自然とともに生き、農耕に励んだ町の先人たちが、今日まで残した足跡をたどってみましょう。

原始・古代【原始・古代 ~ 平安時代】

山北の歴史は古く、遺跡では石斧や土器、竪穴住居跡などが発見された尾崎遺跡や共和小学校遺跡など、今からおよそ五千年前の縄文時代中期までさかのぼります。

中世・近世【鎌倉時代 ~ 江戸時代】

『吾妻鏡』や『新編相模国風土記稿』によれば、河村秀高の子義秀は源頼朝の石橋山挙兵の際、平氏側に味方したため領地を没収されますが、流鏑馬の妙技により河村郷に復帰できたとあり、県指定無形民俗文化財「室生神社の流鏑馬」の起源と考えられています。

近代【明治時代 ~ 昭和初期】

大政奉還により江戸時代が終わりを告げ明治時代になると、世の中は大きく変わります。山北は、廃藩置県により明治4年に足柄県に、9年には神奈川県に編入されます。

現代【山北町の誕生】

昭和30年には、山北町と共和村、清水村、三保村が合併、北足柄村平山と松田町高松を編入し、新しい山北町が誕生します。当時の人口は、16,689人でした。

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お問い合わせ

山北町役場 生涯学習課生涯学習スポーツ班

電話: 0465-75-3649 ファックス: 0465-75-3661

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