ページの先頭です
メニューの終端です。

原始・古代

[2010年11月2日]

山北の歴史 原始・古代【原始・古代~平安時代】

 山北の歴史は古く、遺跡では石斧や土器、竪穴住居跡などが発見された尾崎遺跡(三保)や共和小学校遺跡(共和)など、今からおよそ五千年前の縄文時代中期までさかのぼります。

 大陸から稲作文化が伝わった弥生時代では、堂山遺跡(山北)などに生活の痕跡を見ることができます。

 古墳時代になると、地域の権力者があらわれ、南原古墳群(岸)や水上古墳群(向原)などが造られるようになります。

 平安時代末期には、秀郷流藤原氏の一族波多野遠義の子秀高が河村を名乗り、河村城を居城に山北の地を治めることになります。このころの山北は、川村郷もしくは河村郷と呼ばれ、川村向原、川村岸、川村山北、皆瀬川、都夫良野、谷峨、湯触、川西、山市場、神縄、世附、中川、玄倉の13ヶ村からなっていました。川村郷の各村落がいつごろから形成されたかはあきらかではありませんが、村名は一般庶民が生活環境からつけた素朴な地名が多く、向原、岸、山北なども自然の景観からつけられたと考えられます。

尾崎遺跡全景

尾崎遺跡発掘調査現場全景

尾崎遺跡出土土器

尾崎遺跡出土縄文土器(縄文時代中期)

南原古墳群 見学会写真

南原古墳群(1号墳)の発掘調査現場説明会

関連コンテンツ

記事タイトル

お問い合わせ

山北町役場 生涯学習課生涯学習スポーツ班

電話: 0465-75-3649 ファックス: 0465-75-3661

お問い合わせフォーム


[ページの先頭へ戻る]